AGI — 知の構造転換と文明の再設計(仮)
高橋恒一 著 / 講談社選書メチエ(2026年8月刊行予定)
AGIをめぐる言説は、しばしば楽観論と悲観論の二項対立に陥る。楽観論は、AGIがすべての問題を解決し、人類を苦痛と労働から解放すると約束する。悲観論は、AGIが人類を支配するか絶滅させると警告する。どちらの物語も、AGIを「限界の消滅」として描いている。
本書はこの二項対立を退ける。AGIは限界の消滅ではなく、限界の組み替えをもたらす。人間の認知的制約が後退した先に、より基礎的な物理・計算・制度の制約が前景化する。熱力学の法則は覆らず、光速は超えられず、社会の合意形成にはなお時間がかかる。限界は消えるのではなく、入れ替わるのである。
この視座から、本書は三つの問いを立てる。
知の問い:AGIは知をどう変えるか。科学の自動化が進むとき、「理解する」と「予測する」は同じか別か。AIが人間の理解を経由せずに自然法則を「発見」するとき、それは科学と呼べるのか。人間の科学とAIの科学は分岐しうるのか。
人間の問い:AGIは人間の自己理解をどう揺さぶるか。AIが人間よりも優れた文章を書き、人間よりも巧みに絵を描くとき、「創造性とは何か」という問いは根底から揺さぶられる。意識、創造性、そして「何を望むか」が問い直される。
社会の問い:AGIは社会をどう変えるか。近代の民主主義は、大衆が経済的・軍事的に不可欠であったからこそ成立した。その「不可欠性」が失われるとき、自由と権利は何に支えられるのか。
AGIは知能問題の終わりではない。知能問題が文明設計問題(知能をどう使い、どう制御し、その上にどのような制度を築くか)を統合的に問う問題へ昇格する転換点である。本書はその転換の地図を描く試みである。
(第一章より)
補足情報(付録)
紙幅の都合により本体から外した付録を掲載しています。今後、本書に関連する参考情報も随時追加していきます。
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付録1:主要命題と確実性の階層
本書の主要命題を、証明・物理制約・実験観測・論証・予測の五層に分類して整理。 -
付録2:想定される批判への応答
本書に対して想定される強い批判17件を「批判/なぜ重要か/本書の応答/残る不確実性/本書全体への影響」の五項目で整理。 -
付録3:可知性マップの算出根拠
第8章で導入した可知性マップについて、ランダウアー限界近傍の計算量上限、Levin 探索の上界、対象系の内在時スケールの三制約をひとつの平面に重ねる根拠と数値設定を整理。
書誌情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 書名 | AGI — 知の構造転換と文明の再設計(仮) |
| 著者 | 高橋恒一 |
| 出版社 | 講談社選書メチエ |
| 発行予定 | 2026年8月 |
| ISBN | 近刊情報確定次第掲載 |
| 定価 | 近刊情報確定次第掲載 |
本書の著者印税の一部は、AIアライメント研究など、AIと人間の関係に希望が持てる世界をつくるための活動に充てられます。
目次
- まえがき
- 第1章 はじめに
- 第2章 AGIとは何か
- 第3章 AGIはなぜ可能か
- 第4章 知能に限界はあるのか
- 第5章 AGIはなぜ危険か
- 第6章 知能爆発は起こるのか
- 第7章 知るとは何か――AGIと科学
- 第8章 AI駆動科学
- 第9章 AGIは知をどう変えるか
- 第10章 AGIで社会はどう変わるか
- 第11章 AGI時代に人間であるということ――構成的多元主義へ
- 第12章 AGI時代にどう備えるか
- あとがき――科学者がアートに回帰するとき
詳細目次
まえがき
第1章 はじめに
- 「知るとは何か」――古い問いが知能の科学になった
- AGIは「遠い仮説」ではなくなった
- 本書の問い――AGIは知・人間、そして社会をどう変えるか
- 本書の主張――六つの命題
- 本書の構成と読み方
第2章 AGIとは何か
- AIは何をしているのか
- AIとAGIを分かつもの
- なぜ「人類最後の発明」と呼ばれるのか
- AGIに定義はない
- AGI研究の主要な立場
- 万能AI――定義なき対象を研究するために
- 汎用性と性能のトレードオフ――特化型AI・AGI・ASI・万能AI
第3章 AGIはなぜ可能か
- なぜいまAIが飛躍したのか――スケーリングの条件
- 暗記から理解へ――分散表現とグロッキング
- 予測はなぜ理解に近づくのか――ソロモノフ帰納への接続
- スケーリング則とAGIへの距離
第4章 知能に限界はあるのか
- 知能爆発は起きるのか
- エネルギーが知能を縛る――ランダウアー限界
- ランダウアー限界を回避できるか――可逆計算と量子計算
- 限界はどこにあるのか――理論と現在の距離
- 知能爆発の仮説を再検討する
第5章 AGIはなぜ危険か
- パワーシーキング――なぜAGIは制御を要するか
- 制御問題とは何か
- シャットダウン回避はなぜ生じるか
- 技術的アライメントのアプローチ
- アライメント研究の思想的背景――効果的利他主義と長期主義
- AI生態系――ネットワークで制御する
- 本章の結論
第6章 知能爆発は起こるのか
- 前提と枠組み
- シナリオの分類
- 自律性と自己改良の壁
- 個体の改良の壁
- 個体数の増殖――増殖的爆発
- 移行局面と生態系シナリオ
- 制度設計は間に合うのか
- 本章の結論
第7章 知るとは何か――AGIと科学
- 複雑性の壁――創発的複雑性と存在論的複雑性
- 可知性の五つの次元
- 科学は翻訳である――知能との同型性
- ソロモノフ帰納の限界と拡張
- 認知は身体と切り離せない――エナクティビズムと現象学
- 強いAIふたたび――意識の問題は迂回できるのか
- 知能・身体・社会をつなぐ視点――システム論の萃点
- 知る主体が変わるとき
- 本章の結論
第8章 AI駆動科学
- 科学の可知性マップ――演繹の壁と時間の壁
- 第五の科学の誕生
- 仮説生成の自動化――アブダクションの二つのアプローチ
- 科学AIの自律性レベル
- マイルストーン――各レベルの実現状況と展望
- レベル4以降――「AIの科学」の誕生
- 自動化の各段階がもたらすインパクト
- 科学AIの基礎論はAGI基礎論に合流する
- 集合知としての科学――CPCと二つの科学の分岐
- 本章の結論
第9章 AGIは知をどう変えるか
- 人類知の地図――テクネー、エピステーメー、フロネーシス
- 近代とは何であったか――科学と技術の結婚
- 科学と技術の離婚
- 知の再統合――人類知はどこへ向かうか
- AISOP:AI時代の知の規範
- 本章の結論
第10章 AGIで社会はどう変わるか
- 純粋機械化経済と第二の大分岐
- 近代の価値はなぜ揺らぐのか
- 潤沢さ――AGIがもたらす希望
- 価格・分配・力――AGIが生む三つの断層
- ユニバーサル・ベーシック・インカム
- 政治哲学はAGIに答えられるか
- 本章の結論
第11章 AGI時代に人間であるということ――構成的多元主義へ
- 属性的価値から関係的価値へ
- 人格なき統治/人格なき探究
- 分散型AIの可能性と限界
- AIに福利は必要か
- AIに法人格を与えてはならない。では何を与えるか
- 制度設計の骨格
- 民主主義と人権はAGI時代にも必要か
- 構成的多元主義
- AGI時代に人間であるということ
第12章 AGI時代にどう備えるか
- なぜ多極化が必要か
- 第三極、そしてその先へ
- 日本は何をすべきか
- スケーリングとアジリティの両立
- 移行期の座標軸と労働政策への橋渡し
- AIアライメントネットワーク
- 行動の優先順位
- 次世代に何を残すか
あとがき――科学者がアートに回帰するとき